シンイ〜信義〜
第3話〜宿敵の登場〜

尚宮「その顔色は何です?王を守るべき者己を管理なさい」

ちっと舌打ちして王妃の後を追う尚宮。

そう、チェ尚宮はチェ・ヨンの叔母に当たる。

だから厳しい言葉が言えるのだ。

尚宮の言葉にふとヨンの顔色を見るウンス。

抗生剤がなかったせいで敗血症になってしまったのではと心配するがウンスの手を振り払って行ってしまうヨン。

だが一人になったヨンは大量の汗を流しフラフラになりながらそこにへたり込んでしまう。

ウンスとチャン侍医はなんとかヨンを助けられないかと相談している。

ウンス「敗血症、つまりセプシスは血液中に細菌が繁殖する病気よ。増殖しながら毒素を出し中毒症状を起こすの。血液の循環によって臓器に感染することもある」

チャン侍医「体内に菌が増殖する?」

ウンス「ここは漢方医の医院かしら?じゃ院長ってこと?医者は何人いるの?大きな医院ね」

チャン侍医「ここは皇宮の典医寺(チョニシ)です。宮中の疾病を治療します。近衛隊長は敗血症とやらに感染するのですか?」

ウンス「経過を見ないと何とも言えないわ。あれ程身勝手な患者は初めてよ」

自分の部屋に戻ったヨンは内気を使いなんとか傷を静めようと試みていた。

チャン侍医「難しい?」

ウンス「治療出来ないわ」

チャン侍医「お手上げだと?」

ウンス「薬があれば助かります」

チャン侍医「薬とは?」

ウンス「ペニシリンやアンピシリン、テトラサイクリンなどよ。でもここにはない」

チャン侍医「まだ敗血症かどうか」

ウンス「血液検査が確実なんだけど。白血球の増減を見るの。でも血液培養検査なんて出来ないわよね?ショック症状を起こせば致死率は70%」

チャン侍医「パーセン・・・?」

ウンス「10人中7人は死ぬってことよ。投薬と外科の施術も行ってその数値よ。でもここには薬すらない」

王妃を案内する尚宮。

尚宮「湯を沸かします。軽食をお持ちしますか?お召し上がりなら・・・高麗語をご存知ない?」

別の侍女に通訳しろと伝える尚宮。

王妃が高麗語を知らないものと思いこむ尚宮。

尚宮「死んだと聞いたがとんでもない。どこぞの馬鹿がデマを流して人騒がせな。どれ、気の強そうなおなごに見える。かなりの美人。合格だ」

涼しい顔でお茶を飲む王妃。

尚宮「(侍女に)湯あみとお食事どちらが先か伺いなさい」

王妃「先に湯あみを」

驚く、通訳をした侍女と尚宮。

王妃の回想。
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それは2年前の元。

王が王となる前の話。

見合いを控えた王は使いの者の目を盗んで逃げだしてきた。

たまたま入った部屋にいたのは元の王女。

だがまだ王はこの女人が元の魏王の娘だとは知らない。

王「どうか驚かないで。かくまって下さい。すぐ出ていきます」

声が聞こえなくなったので退室しようとする王。

王「失礼しました」

王妃「もしや、カンヌン大君では?」

高麗語で話しかける王妃。

王「高麗の女人か?元の貴族の娘かと思うた。朝貢の行列で連れてこられたのか?許せ。余も高麗王室の者。上に立つ者が至らず苦労をかける。戻りたいか?高麗へ帰りたいかと聞いておる。行こう。高麗へ戻る重臣がいる。その一行に加えよう。だがまずここから出なくては」

王妃「なぜお隠れに?お聞かせ下さい」

王「今日見合いをさせられる。だが不本意だ」

王妃「お相手は?」

王「姫君だ。元の女人をめとれと言うのだ。幼い余を人質として異国に囲い皇太子の世話をせよと辱めた。その上今度は婿になれと言う」

王妃「お嫌ですか?」

王「当然だ。己の利を見て高麗の王を挿げ替え先王の兄上は王位を奪われどんな扱いを受けたか。余もまた異国の婿となり呼ばれれば腹這いで参上し礼を失した扱いにも耐え・・・」

優しく王の手に手を添える王妃。

王妃「お相手が姫君ならお力を得られます」

王「力?」

王妃「カンヌン大君の母君は高麗の方。王位を継承するには元の姫と婚姻し後ろ盾を得なければなりません」

王「なぜそれを?」

王妃「小耳にはさんだだけです」

王「婚姻を勧めるのか。王座につくためだと言うのだな」

王妃「出過ぎました」

王「一面識もなく腹立たしいだけの元の女人をめとれとな」

王妃「一面識もございませんか?」

王「あるものか。会っておったとしても覚えとうない」

隠れる二人。

王「姫君との婚姻はまぬがれそうにない。高麗人のそなたが最初の妻になってくれないか?祖国の言葉でこぼす愚痴を聞いて欲しい。不安や怒りで震える手を握って欲しい。元の女人には決してそなたに近づかせぬ」

涙をこぼす王妃。
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カンヌン大君と話してみたくて必死で高麗語を覚えた王妃。

誰とは知らずとも面と向かって『覚えとうない』と言われてしまった王妃の思いは王には届かなかった。

チョニシにやってきたウンス達。

ウンス「まるで魔女のハーブ園ね!全部薬草ですか?」

チャン侍医「薬を煎じて参ります」

ウンス「待って!お昼を過ぎたけど食事は?出発を急かすから朝もろくに食べてないわ。宮中に食堂は・・・ないわね」

チャン侍医「皆そうですか?天の医員は簡単に諦めますか?下界の医員は違います。薬がないと一言で片づけません。あらゆる薬と針治療を試し匙は投げません。無意味でしょうか?食事はすぐ用意させます」

ウンス「1人にしないでよ。心細いでしょ?」

物音に怯えるウンス。

ウンス「誰かいますか?ねえ」

近くにあった農具を手にして身構える。

石垣に足を思い切りぶつけ怪我をしてしまうウンス。

膝から血が出ている。

ウンスの様子を見にきたヨン。

隙間からそっと覗きこむ。

ウンス「おニューなのに台無し。クリーニングに出せば平気かな。いっそ短パンにしようか?」

そういって膝までパンツの裾をまくりあげるウンス。

それを目にしたヨンは急いで目をそらす。

この時代では女人の足を見るなどご法度だったから。

ウンス「ねえ。ハロー?誰かいますか?」

恐る恐るウンスを見るヨン。

ウンス「連れてきといてほったらかしなわけ?失礼しちゃう。風呂に入りたい。トイレはどこかな?お昼の用意はまだですか?」

お昼を持ってきてくれる。

ウンス「お餅?ねえちょっと待って。お水を・・・頂けますか?お餅だけだと飲み込みづらいからお水も一緒に・・・結構です。自分で探します」

それをじっと見ているヨン。

餅にむせるウンスを笑ってみている。

自分の部屋に戻ったヨンは傷口を見ている。

テマン「隊長、来て下さい!王がお呼びです」

テマンの頭を叩いて無言で出ていくヨン。

テマンの視線の先には血のついた包帯が落ちている。

王室では先日暗殺された大臣達の名を読み上げている。

それを聞いたイルシンはキ・チョルに同調する者を全員切り捨てよと隊長であるヨンに命じるが返事をしない。

王「どうか?」

ヨン「出来ません。皇宮を護衛する二軍3千の兵の指揮官は上将軍。その上将軍が今プオングンの屋敷におります。チャムリ様(イルシン)がおっしゃるように屋敷にいる者はキ・チョルの一派。プオングンの手勢は数千人。六衛が到着する前に皇宮は包囲されましょう。そしてまずチャムリ様の首を狙うはず。お覚悟を」

王「キ・チョルという者が余の忠臣を殺めたとか。本当か?」

ヨン「手を下すことは可能ですが真意のほどは」

イルシン「剣を振るだけの者に聞くだけ無駄です。王様の相談役はこの私」

王「今、余が信ずるのはただ1人である。近衛隊長だ。そなたは信に値する。己の命より王命に従った。これよりそなたは余が信を置く友だ。そなたも余を友と」

一枚の書状を渡すヨン。

ヨン「先王から賜ったものです」

それは新王であるコンミンワンを高麗まで無事に送り届けたら皇宮を去っても良いと書かれた書状。

先王の落款まで押してある。

皇宮を去ることはかねてよりのヨンの願いだった。

ヨン「無事宮殿に入られた今、任務は終わりました。宮殿を下がりたく存じます」

王「この状況でこのような時に・・・余を置いて出ていくのか?見捨てるのか?」

ヨン「お許し下さい」

王から任務を言い渡されるヨン。

それを完遂したら考えてやろうと言われる。

そのために忠臣達の暗殺の証拠を必死で探す近衛隊員達。

テマン「ありました!探し物はこれですか?」

一枚の紙を見つける。

紙には血がついている。

プオングンの仕業であることを突き止めるためキ・チョルの屋敷を訪れる近衛隊。

これがキ・チョルとヨンの初対面。

キ・チョルに餌をまいたヨン。

兵舎に戻りまた寝ている。

副隊長「寿命が10年は縮みました。巻物まで用意して王命などなかったはずです」

ヨン「毒殺された者達の名簿だ」

副隊長「プオングンに見せたのですか?」

ヨン「いや、それとは違う。餌をまいた」

副隊長「トクソンプオングンが鮒ですか?」

ヨン「さあな」

副隊長「うまく食いつくか」

ヨン「知ったことか」

副隊長「何の反応もなければ・・・」

暴れ出すヨン。

ヨン「うるさいな!寝られやしない!全員出てけ!」

そこへ何も知らずヨンを探しにやってくるウンス。

怪我したパンツの裾を両足太ももまで切ってある。

ウンス「ここは近衛隊の宿舎?」

テマン「何か?」

ウンス「隊長はどこにいる?」

ウンスの足を見て息をのむテマン。

ウンス「それにしても広いこと。1時間も探し回ったわ。いるんでしょ?」

テマン「ええ、まあ」

入ってきたウンスの足に近衛隊全員が息をのむ。

ウンス「(ヨンに)下りて。ここへ座って。研修医の時はかなりしごかれたけど患者の所へ出向くような苦労はしなかったわ。座って」

ため息をつくヨン。

そしてウンスの診察を拒否する。

ヨン「見張りは誰だ?勝手に入れるな。誰か、チョニシへお連れしろ」

頭にきたウンスは持ってきた医療器具をヨンに投げつける。

ウンス「待ちなさい、変人!私が何かした?無理矢理連れてきといて何なの?去年やっと15坪の事務所を兼ねた家を買ったの。ローンもあるけどマイホームよ。自分の家でシャワーを浴びてパジャマを着てベッドで眠りたい。あなたのせいで食事も満足に出来ないし。夢だと思って寝てみても覚めない。私が人を刺すなんて・・・せめて治療したいのに触らせてもくれないんじゃお手上げよ。あなたを刺したこと悪かったわ。申し訳なかった。だから治療させて」

泣いて訴えるウンスの肩を掴んでじっと見るヨン。

ヨン「だから言ったんです。天門のあった場所、あなたが剣で刺した場所に私を置いて行けと」

ウンス「何が言いたいの?」

ヨン「なぜ助けたのです?あなたのせいで私は・・・」

ウンス「何よ。死にたいの?そんなの簡単よ。敗血症にかかればすぐにでも死ねる・・・」

ヨン「今度私が死ぬの病気だのと騒いだらあなたの口を容赦なくふさぎます。むやみに出歩かない。こんな男だけの場所に立ち入らない。部下に送らせます。私が用を済ませるまで待って下さい。いいですね?それから少し・・・隠して貰いたい。天の衣服でしょうがこの国では・・・」

ヨンが出した手を掴んだウンス。

ウンス「38度以上・・・」

ウンスはヨンの言葉を無視して持っていたバッグからアスピリンを取り出してヨンに差し出す。

ウンス「私の非常用アスピリンをあげる。1日3回、2錠ずつ飲んで。飲まないよりいいから」

受け取ろうとしない。

ウンス「生きて・・・」

ヨン「何?」

ウンス「死なないで。あなたはぶっ飛んだサイコだけどそれでも私を置いて死んでしまったらどうすればいい?だから・・・」

受け取ろうとしないヨンの手に無理矢理押し付けるウンス。

ウンスの後ろ姿をじっと見つめるヨン。

そしてアスピリンを掴んだまま必死で痛みに耐える。

その頃、キ・チョルの屋敷。

チョル「チェ・ヨン、あの者を唯一信じると?」

薬師「内宮の密偵が聞いて参りました。王がチェ・ヨンを呼び余が信ずるのはそなたただ一人と」

チョル「近衛隊長の父は?」

薬師「チェ・ウォンジクです。高麗開国の功臣でチェジュンノンの直系で祖父はチュンニョルを訓育した文学博士です」

チョル「尊い家柄の息子が武官とは」

薬師「16歳で父を亡くして以来武芸一筋。赤月隊、最年少の部隊長でした」

チョル「赤月隊とな?」

薬師「特殊な能力がある者を集めた隠密部隊です」

チョル「知っておる」

薬師「鬼神のごとく神出鬼没の部隊ゆえ別名鬼月隊とも。赤い三日月の軍旗に倭寇も恐れおののき逃げだす程」

チョル「それが解隊となったいきさつも聞いておる。赤月隊か。部隊長だったとはな。襲撃の失敗はあやつのせいか?」

薬師「そう推察されます。新王は馬にも乗れぬ虚弱な方と聞いております」

チョル「欲しい人材だ」

薬師「チェ・ヨンですか?」

チョル「赤月隊は知っておったが配下に置かないとは何ともうかつ。金も官職もやる。必ず連れてこい」
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ヨンは自分の意識の中にいる。

そこは木も湖も全てが氷で埋め尽くされた世界。

ふとみると湖のほとりで氷に穴をあけ釣りをする父が。

父「まだ見つからぬのか?」
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ヨンが目覚めると副隊長に呼ばれる。

副隊長「隊長、準備が整いました」

ヨン「どうだ?」

副隊長「精鋭に限ると100人にもなりません」

ヨン「武女子(ムガクシ)は?」

※ムガクシとは武芸に長けた者だけを集めた女子だけの武闘護衛部隊。

副隊長「王妃様はチェ尚宮に任せ我らは王の護衛に専念せよと」

皇宮の周りを兵で固める。

副隊長「まさか皇宮で王や王妃のお命を狙うでしょうか?」

ヨン「俺も皇宮なら安全だと思っていた。昨日キ・チョルに会うまではな」

副隊長「と言うと?」

ヨン「とてつもなく恐ろしい男だ。俺が王命と称して奴を跪かせようとした」

副隊長「何とも口惜しい。あと一歩踏み込めば・・・」

ヨン「いや踏み込めば王の命さえ危うい。奴が下剋上に走れば血を見るのは近衛隊。犬死は遠慮したい。西が手薄だ。弓兵を増やせ」

副隊長「相手は天をも恐れぬ逆賊。野放しにするわけには」

ヨン「しっかり守れ。徹夜が続くぞ。体力を温存しろ。西を頼む」

副隊長「解りました」

テマン「身体の具合、深刻なのでは?天の医員様が・・・」

ヨン「言うな。聞いただろ?こちらの精鋭は100人足らず。長が倒れるわけにはいかん」

腹をおさえて座り込むヨン。

ヨン「何より俺の願いがかなう最後の機会が無駄になる」

※ヨンの願いはこの皇宮を去り平民として何のしがらみもなく自由に生きること。

その頃ウンスはチャン侍医の所で着替えている。

足を隠せと怒られたから。

そして『ごてごてした服は着たくない』といい下着姿で出てくるが『それは下着だ。人に見せるものではない』とチャン侍医にまた怒られて仕方なく渡された服を全部着るハメに。

ウンス「このありえない状況が夢じゃないならいったい何?タイムマシン?でも乗った覚えはないし。SF映画で見たような。何だったかな?時空のトンネルだわ。アインシュタインの相対性理論よ。時空のトンネルを通れば違う時代に行けるとか。SFやファンタジーは苦手なんだけど説明つかないし。なんで高麗なの?」

いきなり現れる女人に驚くウンス。

チャン侍医「トギです。薬草薬剤に詳しく薬草園を管理しています」

※トギは言葉が話せないので全てが手話でチャン侍医にしか理解できない。

ヨンに必要だと思われる薬剤を集めてきたトギ。

その中の一つを手にとり珍しそうに眺めるウンスだが試しにかじってみる。

チャン侍医「ヒキガエルです」

慌てて吐き出すウンス。

チャン侍医「天界では使いませんか?華佗のお弟子ですよね?」

ウンス「誰のこと?」

チャン侍医「華佗です。神医と呼ばれる・・・」

ウンス「華佗?あの華佗?」

チャン侍医「お弟子ですよね?」

ウンス「私は現代医療、ヒポクラテスの誓いの方よ。『私は医師の一人として全生涯を人道に捧げることを誓います』」

チャン侍医「ヒポ・・・?」

ウンス「ヒポクラテスは遠いギリシャの・・・」

そこへ使いの者がウンスを呼びに来る。

王が医員をお呼びだと。

同じ頃、ヨンも王妃に呼ばれる。

初めて入った王の部屋。

高麗青磁を目にしたウンスは珍しそうに眺める。

ウンス「これって高麗青磁?おいくら?骨董品になる前だからそれほどしないわね。どこで買えるの?」

王「お気に召しましたか?」

ウンス「王様ですよね?作法が解らなくて・・・」

王「余も天のお方は初めてで戸惑うておる。かしこまらず」

ウンス「そうですか。助かります」

それだけ言ってさっさと椅子に座るウンス。

王「着くなり諸事に追われ十分な気遣いも出来ず寝所はいかがかな?」

ウンス「普段はグチっぽくないんだけどせっかくだから。味付けが薄すぎ。唐辛子のきいたキムチが食べたいです。あと熱い湯船にも浸かりたい」

部下「承知いたしました」

王「天の方」

ウンス「私ですか?」

王「頼みがあります。聞いて下さるか?」

一方王妃に呼ばれたヨン。

王妃「全ての民の望みか?」

ヨン「何です?」

王妃「誰もが私と王の死を望んでおるのか?」

ヨン「違います」

王妃「では一部の者が?」

ヨン「私は世相も政も解らぬ武人、ご勘弁を」

王妃「質問に答えよ」

ヨン「先に伺っても?」

王妃「何じゃ?」

ヨン「高麗語のことです。王とご婚礼を挙げられたのは2年前。2年で習得なさったとは思えぬ流暢さ」

王妃「高麗の事情を知られると危惧しておるのか?」

ヨン「失礼を。取り下げます」

王妃「8年になる。8年前ある高麗人を見かけた。その人と話したくて習うた。答えになったか?掛けなさい」

黙って座るヨン。

王妃「そなたの番じゃ。私は正直に答えた」

ヨン「王様と王妃様のお命を狙う者はただ1人」

王妃「キ皇后の兄のことか?あの者の勢力は嵐のごとく。我らは灯篭の火」

ヨン「あるいは」

王妃「私達を殺し王になればそなたはあの者の近衛隊。あの者のため夜通し番に立ち命を投げ打って敵と戦うのだな」

ヨン「私が死んでいなければそうなります」

王妃「死にたいのか?意に満たぬ主君であれ命がけで守るが務め。死にたくもなろう」

立ち上がろうとするヨンを止め、ヨンの額に手を当てる王妃。

驚く一同。

ヨン「王妃様」

王妃「火のように熱いのに治療を拒んでおるとは」

ヨン「手をお離し下さい」

王妃「死ぬな。王妃の命じゃ」

王の部屋。

ウンス「医仙?」

王「我が国の医仙になって頂きたい」

ウンス「つまり?いえ、私は帰らなきゃいけないんです」

王「承知の上です」

ウンス「2度も誘拐されちゃって殺されかけたとか全部忘れますから、その代わり青磁が欲しいな・・・なんて。高麗青磁とか。絵を何枚か頂ければ全てチャラにしますけどどうかしら?」

イルシン「どう帰るつもりです?」

ウンス「あの門をくぐれば・・・」

イルシン「門は閉じました」

ウンス「また開けばいいわ」

イルシン「あれは千年前、天に昇る華佗が通った門。次はいつ開くのやら」

ウンス「冗談じゃないわ!勝手なこと言わないでくれます?」

王「医仙殿、我が国は久しく元の配下にある」

ウンス「歴史は専門外だから」

王「高麗の民は毎年血を吐く思いで元の朝廷に貢物を捧げておる。元におもねる奸臣らは・・・」

ウンス「こんなこと言っちゃなんですけど政治家って皆同じね。民だの国民だのって。票集めに都合のいい話ばっかり」

イルシン「先程から聞いていれば!」

ウンス「ほら!民が何か言えばすぐカッとなる!」

王「控えておれ」

何も言えなくなるイルシン。

王「王は6代に渡って元に臣下の礼をとりおくり号に『忠』をつける」

ウンス「おくり号に忠?」

王「先代の慶昌君、先先代の忠穆王もしかり」

ウンス「高麗末期ってこと?」

これを聞いて必死で歴史の授業で習ったことを思い出すウンス。

そして今自分が対面しているのがあの恭民王で、化粧してあげたあの王妃が魯国公主なのかと一人感動するウンス。

『恭民王』におくり号である忠の字がついていないことで大喜びするイルシン。

※忠の字がついていないということはもう元の配下にはないということ。

だがこの時まだウンスは気づいていなかった。

自分を誘拐してきた男があのチェ・ヨンだと言うことを。

ウンス「絵がお得意でしょ?」

王「たしなむが」

ウンス「見ましたよ。コンミンワンが描かれた絵。王様の祠堂に肖像画があって隣にチェ・ヨン祠堂もあるの!」

イルシン「近衛隊長のことですか?ご冗談を」

ウンス「た・・・隊長って?まさか私を誘拐した・・・私が刺したあのサイコが・・・誰ですって?」

この話は噂となり宮中全体に広まった。

天からやってきた医員殿は先も見通すことが出来るすごいお方だと。

ヨンはチャン侍医と話している。

先日妓楼で見つけた血のついた紙を侍医に渡し、その血を調べて欲しいと依頼している。

侍医は『これが人の血かどうかを先に調べなければ』という。

例外に漏れず近衛隊員達もウンスの話題で盛り上がっていた。

既に噂は開京の外まで、巷は大騒ぎだと隊員達に言われる。

それを知ったヨンは慌ててウンスの元へ走る。

ウンスの身が危険だと。

尚宮と話していたウンスを無理やり連れて行くヨン。

ウンス「あなたの名前ってチェ・ヨン?」

ヨン「私の代わりに精鋭を護衛につけます」

ウンス「何をつけるですって?」

ヨン「すぐ発てますか?あなたの身が危険です」

ウンス「いったい何なの?」

ヨン「黙って従って下さい」

ウンス「何よ!何で従うわけ?私にも後ろ盾がいるの。誰だか解る?王様よ。直々に医仙になってくれとお願いされたの。そんな私が聞いてるの。ちゃんと訳を話してよ。まだ将軍じゃないわよね?今の階級は大尉くらい?少佐がいいとこ?」

ウンスを黙らせようとトギを呼びつけるヨン。

大きな袋を持って来いと命令する。

そこへ入ってくるチャン侍医。

医仙となりここにいるのは王命だと言い張る。

突然視界がぼやけ、意識が朦朧とするヨン。

医仙の声が遠くに聞こえる。

意識を失いその場に倒れてしまう。

キ・チョルの屋敷でも医仙の話題でもちきりだった。

『死者を蘇らせ国の行く末も見通す』

王妃の首を繋いだのも医仙であると知るキ・チョル達。

王に会いに行くと部下に命ずるキ・チョル。

その真意を確かめるために。

意識を失って倒れたヨンはチョニシで目を覚ます。

チャン侍医「起き上がれますか?」

ヨン「どのくらい寝てた?」

チャン侍医「気を失ったのは今しがた」

ヨン「気など失わぬ」

チャン侍医「ご案じますな。ここにはトギと私、あの方だけです」

ウンス「患部が炎症を起こしてた。発熱はそのせいよ。でも驚いた。抗生物質まで作り出すなんて」

チャン侍医「諦めの早いお方だ」

ウンス「作れると思わないもの。知らない薬ばかりで」

チャン侍医「煎じ薬を持ってきます」

ウンス「さすがよく鍛えた腹筋だわ。開腹した時臓器の損傷が心配だったけど幸い肝臓だけだった。その立派な腹筋のおかげだわ。チェ・ヨンよね?高麗に同姓同名の人っていないわよね?あなたは将軍になってたくさんの功績を残すわ。これが本当にタイムスリップなら歴史を知る限り言った通りになるからね。だから死んじゃだめ。高麗を守り戦もして歴史に名を残すの」

ヨン「天の方が予言するという噂は本当か?」

ウンス「私は天からじゃなく未来から来たんだわ」

ヨン「未来?」

ウンス「私のせいであなたが死んだりしたらまずい事態になりそう。映画だと確実に歴史がひずんでしまうの」

危険を察知するヨン。

急いでウンスの頭を押さえその場に隠れる。

キ・チョルの手下、ファスインだ。

ヨン「伏せて」

だが刀が手の届くところにない。

考えるヨンだが、そこへ何事かと飛んできた侍医。

その隙に刀を取りファスインを追いかけるヨン。

手から火を発するファスインを見たウンス。

あそこにもサイコが・・・と放心状態。

ファスインに荒らされた室内を確認して回る王。

王「襲撃にあったとか。医仙を狙ったのか?」

ヨン「トクソンプオングンの配下に音功と火功の使い手がおりその一人かと」

王「して、医仙は?」

ヨン「ご聖恩にて幸い」

王「心にもないことを。余ではなかろう。医仙は余のせいで命を狙われそなたが助けた」

先日証拠として見つけた血のついた紙を王に渡すヨン。

ヨン「死に際に残したのか石版の下にありました。毒で吐血したように見えますがチャン侍医によると人の血ではないと」

紙の上に数匹のムカデを置くヨン。

そこに自分の手を切り血を数滴落とす。

ヨン「ムカデは人の血には反応しません。好む血が他にあるそうです」

ムカデの横にその紙を置くと一斉に向かっていくムカデ達。

ヨン「鶏の血です」

王「ではこれは鶏の血か?」

ヨン「はい」

王「つまり何者かが大臣らを殺害した後わざと忍ばせた。いったいなぜ?」

ヨン「密使を公にしたい者の仕業でしょう」

王「これが何の証拠になる?」

ヨン「待ちましょう」

王「待てと?」

ヨン「そのうち正体を現します。自分の存在を知らしめるために」

王「余はこれが偽物だと暴いてみせるべきか?」

ヨン「もしくは知らぬふりをお通しなさるか。お考え下さい」

王「偽物だと明かしその者に敵対するのか、知らぬふりを通しその者に従うのか。余の腹次第か」

ヨン「はい」

王「つまり余がどんな対処をしようが任務は果たしたと出ていくつもりなのだな?」

ヨン「お許し下さい」

王「どうしてもか」

このやり取りを壁の隙間から偶然目にするウンス。

こっそり聞いている。

王「余の命で医仙との約束を果たせずさぞつらかっただろう。だが余はそなたの忠義を試さねばならなかった。我が身の保身に医仙を利用しそして医仙を危険にさらした。余はおろかな王か?」

ヨン「いとまごいは以前から願っておりました」

王「話してみよ」

ヨン「恐れながらつまらぬ話ゆえ」

王「王に話せぬのなら友だと思うて話してみよ。それでも話せぬか?」

ヨン「小臣は赤月隊におりました。身分や階級の枠を超え隊員は皆内功の使い手でした。そして我が高麗を守りたい、その一心で結ばれた仲間は父を亡くしすさんでいた私の家族も同然。隊長は師であり父であり隊員達は我が兄弟だったのです。主な任務は敵船の焼き討ち、戦で暗躍し敵将を闇討ちにすることなど。しかしいかに武功の使い手とはいえ多勢に無勢。恐怖の赤月隊とて敵を錯乱させるにも限界が。隠密部隊ゆえ補給物資もなく援軍もなく24名で3部隊、70人以上いた隊員は半数以下に激減。しかし次なる任務が待っております。やがて虚偽の情報が増え敵も狡猾になったのか巧妙な罠が増えました。そんな春のある日、王から招待を受けました。功を直々に称えたいと。ただ、夢のようでした」

ヨンの記憶。
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嬉しくて浮かれるヨン達だが『思い描いてる王のお姿とは違うやもしれん』と師匠に一喝される。

『王がお呼びです』と伝令が来て宴の間へ喜び勇んで歩く赤月隊一同。

師匠以外は。

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