〜個人の趣向〜
第15話〜大好きだからさよなら〜

ケインは何とか話を聞こうとチノに電話するが繋がらず、仕方なく留守電にメッセージを残す。

ケイン「今どこ?前に一緒にきたサービスエリアにいる。来るまでずっと待ってるわ」

チノは墓の前でそのメッセージを聞いている。

サービスエリアの前でずっと待ち続けるケイン。

チノは車の中から待ち続けているケインをうつろな目で見つめている。

車の中にいるチノを見つけるケイン。

もう終わってしまった悲しみに暮れるチノ、やっと会えた嬉しさがこみ上げるケイン。

二人は互いに違う感情を抱いたまま見つめ合う。

ケイン「腹が立って二度と会うまいと思ったけどやっぱり出来ない。説明する機会をあげたいのよ。私はあなたの言うことしか信じない。それだけが真実だもの。盗んでないと言ってよ。サンジュンさんがパパの設計図を持ち出したんでしょ?」

チノ「悪いのは僕だ」

ケイン「そんなの嘘だわ。私の目を見て言って」

チノ「全て僕の意思でしたことだ。それが真実さ。内部を探るためには下宿するのが一番だと思ったんだ。だからゲイのふりをした。まさか設計図まであるとは知らなかったよ。君は僕に夢中だからうまくごまかせると思った。解ったか?」

ケイン「おかしいわよ。信じられない」

チノ「何度同じ目にあえば解るんだ。君に本気でホレると思うか?おめでたいな」

ケイン「心から人を思っていなければあんな優しい目が出来るわけがないわ。あなたは私がつらい時抱きしめてくれた」

チノ「目的を果たすための手段さ。君を騙すのは簡単だよ」

ケイン「どうして急に本当のことを明かす気になったの?誤解だと言えば騙し通せるのに」

チノ「君は騙せても教授は無理だ。どうごまかしても僕の本心を見抜くだろう」

ケイン「やめてよ。わざと言ってるのは解ってるわ。あなたらしくない」

チノ「いや、君は僕を解っていない。そんな君が哀れで本心を打ち明けたんだ」

ケイン「本当は私に悪いと思ってるくせに。そうでしょ?」

チノ「がっかりだよ。僕の計画が甘かった。二度と連絡してくるな」

打ちのめされて言葉も出ないケイン。

呆然と歩くケインをミラーで見ながら通りすぎるチノ。

チノ『僕はあいつを愛してない。愛してないんだ。愛したこともない』

そう唱えながら涙を浮かべる。

サンゴジェ。

ウロウロと歩きながらケインの帰りを待つ父。

父「今までどこに行ってた?答えなさい」

ケイン「言われた通りチノさんと別れたわ」

同じく自宅に戻ったチノ。

母「うちに戻ってくるの?」

チノ「うん」

母「あの子とは別れたのね?」

チノ「ああ」

母「そう、よかった」


ベッドで泣きじゃくるケイン。

そっとドアを開けて泣きじゃくるケインを見る父。


机に向かい涙を隠すように顔を覆うチノ。

そっとドアを開けて悲しみにじっと耐えるチノを見る母。


いつものようにキッズルームにいるケイン。

そこへ館長が。

ケインに気付かれないようにそっと近寄り『わ!』と脅かそうとする館長だが、その前にケインに気付かれてしまいまた失敗する。

館長「仕事は順調そうだね」

ケイン「予定より遅れてて焦ってます。来週までに終わらせるには毎日残業しないと」

館長「いろいろ大変な時に無理は禁物だよ」

ケイン「館長は私に甘すぎます。他の職員から文句が出ますよ?」

館長「以前約束したね?時々ランチに付き合うと。行こう」

事務所に戻ったチノ。

サンジュン「ケインさんに会ったか?」

頷くチノ。

サンジュン「よかった。罪の意識を感じることないぞ。お前は愛の力で彼女を変えたんだからな」

チノ「別れたよ」

サンジュン「彼女も当然・・・何だって!?」

チノ「コンペには出品するから心配するな」

力なく立ち去るサンジュン。

館長と一緒に昼食を食べているケイン。

ひたすらご飯を口に運んでいる。

ケイン「おいしい。すごくおいしいです」

館長「何を食べているのかもわからないという顔だね。演技が下手だな。つらい時に頼れるのが本当の友達だろ?チョン所長とはどうなった?」

ケイン「コンペに入選したくてやったことだそうです。私のことなんか好きじゃなかったと言われました」

館長「なるほど。その言葉を信じているのかい?彼はなぜゲイじゃないと告白したのかな?済州島で彼が私に何と言ったか解るかい?『すみません、ケインさんを愛しています』目を見れば彼の本心が解るはずだ。彼の眼差しは君に何と訴えてたのかな?」

チノは夜も挺して必死で設計図に向かう。

ふとあの時を思い出す。

『心から人を思っていなければあんな優しい目が出来るわけがないわ。あなたは私がつらい時抱きしめてくれた』

『目的を果たすための手段さ』

予備審査、作品受付に提出にきたチノとサンジュン。

サンジュン「徹夜が続いて頭が働かないな。帰って休もう。そうだ、会っていけよ」

チノ「え?」

サンジュン「彼女にさ」

イニに呼び止められるチノ。

イニ「館長がお呼びよ」

館長「出品しないだろうと思っていたが驚いたよ。本審査に進めるのは1作品だけだ。自信は?」

チノ「今となっては自信はありません。ただ与えられた状況で最善を尽くすだけです」

館長「サンゴジェに住むためにゲイのふりを?ケインさんのことはどう思ってるんだ?」

チノ「今更話して何の意味があるんですか」

館長「君を初めて見た時度胸があるなと思ったよ。私にはないその無鉄砲さに惹かれた。でも勢いで突き進むとつまづくことがある。私はもう一度だけ君を信じることにした。納得がいかなくてね。パク教授との席を設けよう。いいね」

チノ「お心遣いには感謝しますが僕がボタンを掛け違えたのが悪いんです」

館長「もう一度かけ直せばいい」

チノ「すみません」

黙って立ち去る。

飲み屋にいるヨンソンとケイン。

ケインはもう既にかなり飲んで荒れている。

ヨンソン「彼のこと許してあげたら?」

ケイン「許すも何ももう別れたのよ」

ヨンソン「そう簡単に割り切れる?始まりはどうあれ今は相思相愛だって誰もが認めてるじゃない」

ケイン「その話するなら帰る」

ヨンソン「解った、ごめん。ほら飲んで」

二人で乾杯する。

ヨンソン「サンジュンさんによると事務所を移転したり現場の人に訴えられたりして大変らしいわよ」

ケイン「やあ、ヨンソン!」

ヨンソン「解ったわ!話も出来やしない」

ケイン「もうあの人の話はしないで。お願いよ。話を聞くだけでもつらくて耐えられないの。だから・・・」

ヨンソン「まるでこの世の終わりね。ほら、帰るよ!もう勝手にして」

テーブルに突っ伏して寝てしまうケイン。

サンゴジェの前に車を止め門を見つめているチノ。

エンジンをかけた所に、ヨンソンから電話が。

ヨンソン「お願いだから来てよ」

チノ「悪いけど君が送ってくれ」

ヨンソン「私だっていろいろ忙しいの」

チノ「もう彼女には会えない」

ヨンソン「とにかくケインを置いていくからね」

切ってしまうヨンソン。

やっぱりケインを迎えにきたチノ。

ヨンソン「もう、来るなら来ると言ってよ。じゃ後はよろしく」

そういってチノに任せて帰ってしまうヨンソン。

酔いつぶれて眠るケインの隣に座る。

テーブルから落ちそうになったケインをチノがとっさに支える。

そこで目が覚めるケイン。

驚きのあまり目を疑う。

ケイン「チノさん」

チノ「飲みすぎだ」

バッグを掴んで黙って歩き出すケイン。

おぼつかない足取りでフラフラ歩く。

チノ「送るよ」

ケイン「放して」

チノ「一人じゃ帰れないだろ?」

ケイン「なぜ来たの?答えて」

チノ「電話を貰って思わず駆けつけたんだ」

ケイン「どうして?なぜ来たのよ!もう別れたのよ!終わったの!」

また歩き出す。

チノ「背中におぶされ」

そういって屈むチノ。

ケイン「嫌よ。バカにしないで。命令すれば従うとでも思ってるの?もう二度と来ないで。私が死ぬと聞いても駆けつけてこないで」

チノ「死ぬだって?」

ケイン「最悪だわ。出会わなきゃよかった。チャンニョルさんと別れてつらかった時あなたなんかに頼るんじゃなかった。そうすれば今頃笑っていられたのに」

チノ「とにかく送るよ」

チノに掴まれた手を振りほどくケイン。

ケイン「あなたのせいでめちゃくちゃよ!」

無理矢理ケインを背負う。

暴れて抵抗するケイン。

でもチノはそのままケインを背負って歩き出す。

ケインの天気予報『晴れていた空が激しい雨に見舞われている。竜巻がめちゃくちゃに壊していった。それなのに彼の背中は相変わらず温かい。この背中におぶさるのもこれが最後だろう』

ケインを背負ったままサンゴジェの門をくぐるチノ。

父が待っている。

父「ケイン」

慌ててチノの背中から降りるケイン。

父「一緒に飲んでたのか?」

ケイン「ううん、その・・・」

父「まったくお前という娘は・・・何を考えてる?いい年をしてまだ分別がつかないのか?呆れたものだ」

ケイン「ごめんなさい」

父「早く寝なさい」

チノ「悪いのは僕です。君が謝ることはない。責めるなら僕を責めて下さい。なぜ彼女が叱られるんですか?」

父「何だと?」

チノ「ケインさんはずっと悩んできたんです。お父さんに認められようと必死でした」

父「君には関係のないことだ」

チノ「言わせて下さい」

ケイン「やめてよ」

チノ「お母さんの事故のことでも苦しんでるんです。お父さんに憎まれるのも当たり前だと自分を責めています。娘を苦しませて平気なんですか?」

父「黙れ!君は部外者だ」

チノ「自分のせいだと認めたくないだけでは?」

思わずチノの頬を叩く父。

父「君に何が解る!知ったような口をきくな。帰れ!」

チノ「芸術院の依頼を断ったのはこの家に欠陥があったからです。違いますか?妻と娘のために建てたはずだったのに思わぬミスで妻を失い娘を苦しめることになった。教授の犯した一番大きなミスは何だと思いますか?現実から目をそらし残された娘に向き合わなかったことです」

ケイン「やめて。うちのことに口を挟まないで」

チノ「お母さんを死なせたのは君か?なぜ自分を責めるんだ!」

ケイン「あなたには関係ないでしょ?私を騙してたくせに今更何なの?さっさと帰って。あなたの顔なんて見たくない。早く帰って」

父「いいか。もうこの家には近づくな」

一人庭を見つめる父。

ケインが部屋から出てくる。

ケイン「寝ないの?」

父「まだ起きてたのか?」

ケイン「もう寝るわ」

父「ケイン、あの事故はお前のせいじゃない。私がお前を憎んでるだって?よそう。もう遅いから寝なさい」

ケイン「以前、金槌で作業中に怪我をした時パパに言われたわ。なぜ家具なんか作るんだ?って。なぜなのか理由を自分なりに考えてみたわ。私には他に出来ることがないからよ。唯一出来ることでパパに認めて貰いたかった」

父「私は・・・」

ケイン「もう、いいの。おやすみなさい」

部屋に戻るケイン。

父『私はただ・・・怖かったんだ』

チノ達はまた病院に来ている。

和解金をどう工面するか、借金の返済をどうするかとサンジュンが騒いでいる。

チノ「銀行で相談する」

サンジュン「これ以上貸してくれると思うか?」

チノ「だったら稼ぐしかない」

サンジュン「コンペの準備で他の仕事を断っちまった」

チノ「先輩、一緒に頑張ろう。頼む」

サンジュン「そう言われたらやるしかないな」

チノ「ありがとな」

ケインのキッズルームの仕事を手伝っているヨンソン。

ヨンソン「これで家具は全部?」

ケイン「大きな家具は作業部屋にあるわ。仕上げをしてから運ぶの」

ヨンソン「一人で?」

ケイン「人手がいるわね。力持ちの友達とか」

ヨンソン「明日は息子の予防接種が・・・」

ケイン「じゃ仕方ない」

ヨンソンの電話で駆け付けたサンジュン。

サンジュン「お待たせ。差し入れだ」

ケイン「気を使わないで」

ヨンソン「明日空いてる?」

サンジュン「どうして?」

ヨンソン「家具を運んで欲しいの」

サンジュン「どうしよう。明日は・・・」

ヨンソン「何よ?」

ケイン「いいの。他をあたるから」

サンジュン「その・・・チノを呼べば?ああ見えて力があるからきっと役に立つよ」

ヨンソン「頼んだら?」

ケイン「これおいしい。食べたら?」

ケインが階段を下りてくると、ヨンソンとサンジュンの会話が聞こえてくる。

ヨンソン「予備審査の発表日は?」

サンジュン「もうすぐさ。作業員から和解金を要求されてるのに。審査に落ちたら事務所を畳むしかない。設計図を盗んだと疑われたままじゃ建築家としても終わりだ」

ヨンソン「やだ、大変じゃない」

サンジュン「チノの奴おかしいんだ。ケインさんが好きで悩んでるのに別れるの一点張りなんだ。つらい時こそ彼女の支えが必要なのに」

ヨンソン「そうよね。意地を張っちゃってさ。事務所が危ないのも別れた原因の一つかもよ?」

サンジュン「一理あるな。傍で見てるとイライラするよ」

ヨンソン「本当に嫌になっちゃうわ」

キッズルームに戻り一人仕事に励むケイン。

そして出来上がったテーブルでうたた寝をしている。

ケインの様子をこっそり見にきたチノ。

うたた寝をしているケインにそっと近寄り、傍にあった上着を肩にかけてあげる。
寝顔をじっと見つめた後、起こさないように静かに立ち去る。

チャンニョル「ケイン、おい、ケイン」

目を覚ますケイン。

チャンニョル「こんな所で寝るなよ」

ケイン「今誰かいなかった?」

チャンニョル「誰かって?いないぞ?」

ケイン「どうしてここに?」

チャンニョル「電気がついてたから寄ってみたんだ。仕事が遅れてるのか?」

ケイン「もう帰る」

チャンニョル「送ってくよ」

立ち上がったケインは肩にかかる上着に気付く。

ケイン「これ、あなたがかけてくれたの?」

チャンニョル「いや?」

駐車場で言い争う二人。

送ると言い張るチャンニョルと、タクシーで帰ると言い張るケイン。

そのやり取りを車の中からじっと見つめるチノ。

結局押し切られてチャンニョルの車に乗るケイン。

チノはそれをうつろな目で見送る。

結局チャンニョルの言う通りになってしまった。

偶然を装って館長の父に会うハン会長。

その頃、館長はケインの父パク教授と会っている。

館長「斬新な作品が寄せられました」

教授「拝見します」

館長「いかがですか?」

教授「どこの作品ですか?」

館長「M建築事務所のチョン所長です」

驚く教授。

何とかチノの作品を除外するようにと画策を練るハン会長は館長の父にあれこれ悪知恵を吹きこんでいる。

その会話を館長と教授がドアの外で盗み聞きしている。

教授と館長はチノの置かれた状況を知る。

館長「私も初耳です。事務所が倒産寸前となると本審査に進めるかどうか・・・」

教授「なぜそこまで彼のことを買っているのですか?」

館長「チョン所長の作品を見れば盗用する気がなかったことは明らかです」

教授「彼を信頼しているのですね」

館長「独自の作品を準備しながら弁明しなかったのはなぜでしょうか?教授」

教授「何をおっしゃりたいのですか?」

館長「彼の設計図を正当に評価して下さい」

病院からの帰りの車中、チノとサンジュン。

あちこちの銀行に電話をかけて融資を申し込むがどこも皆断られ意気消沈している。

サンジュン「もういい。ここまですれば十分だ。嫌な役目をやらせたな。こうなったらテフンの父親に頼もう。な?」

チノの携帯が鳴る。

館長だ。

館長に呼ばれやってくるチノ。

チノ「それでご用件は?」

館長「帰国して館長に就任して以来給料が入るようになってね。全て運用してきたおかげでかなりの額になってる。君の力になりたいんだ」

チノ「結構です」

館長「困った時は助け合うのが友達だろう?」

チノ「一方的に援助を受けるのが友達ですか?」

館長「盗みを働いたような人がずいぶん道徳的なことを言うね。予備審査に応募したのは潔白を証明するためでは?」

チノ「情けを受けてまで入選したくはありません。お気持ちだけ受け取ります」

館長「心外だな。私は誰よりも厳正な審査を望んでいる。君が余計なことに気を取られ実力を発揮出来なかったら困る。君に援助を申し出るのはこれが最後だ。それでも拒むのか?事務所の経営状態が原因で本審査に進めなくてもいいのか?」

チノ「どういうことです?」

館長「発表は先だが今日結果が出た。おめでとう。予備審査を通過したよ」

チノ「本当ですか?」

館長「健闘を祈るよ。いろいろあって君も疲れただろう。気分転換するといい。そうだ、よかったら私の別荘を使って欲しい。心配はいらないよ。私はついていかない」

館長はイニに別荘の管理人に掃除を頼んでくれと頼む。

チョン所長が行くからと。

休養のためだという館長の言葉に、チャンスだと思いつくイニ。

今日はキッズルームの開店日。

あちこちに花輪が飾られて、子供達が走り回っている。

そこへやってくる館長。

館長「ついに完成か」

ケイン「はい。中へどうぞ」

イニ「ご苦労様。思ってたよりいい出来ね」

ケイン「ありがとう」

サンジュンもお祝いに駆けつける。

サンジュン「すごいな!たいしたもんだ!」

ケイン「手伝ってくれたおかげよ。花束まで・・・」

サンジュン「チノと一緒に祝えればよかったのに」

ふと見ると花束を抱えた父が。

ケイン「パパ」

場所を変えて二人で話す。

父「お前につらく当たる気はなかった」

ケイン「パパに嫌われてるとばかり思ってた。あの事故のことは覚えてなかったけどこれ 以上パパに嫌われないように顔色を伺ってた。自慢の娘になりたかったけど失敗してばかりだった」

父「私は自分勝手な父親だった。悲しみに暮れるあまりお前の気持ちを思いやることができなかった」

ケイン「解るわ。ママを愛してたんだもの」

父「同じくらいお前のことも愛してる。写真を処分し地下室をふさいだのは事故のことを忘れて欲しかったからだ。お前には母さんと同じ仕事をさせたくなかった。傷の絶えない手を見るのがつらかったんだ」

ケイン「パパ・・・」

ケインの手を握る父。

父「あの小さな手がこんなに大きくなるとは。頑張ったな」

ケイン「パパ」

涙があふれるケイン。

泣きながら父を思い切り抱きしめる。

抱き合う親子を、遠くからそっと見つめるチノ。

見届けたチノは力なくゆっくり歩き出す。

父「ケイン、泣くな。今日はめでたい日だ。さあ、戻ろう」

父と手を繋いで歩きだすが、ふとチノにそっくりな背中を目にするケイン。

ケイン「パパ、先に戻ってて。すぐに行くわ」

必死に館内を探すが見つからない。

同じくお祝いにきたヨンソン。

『チノさん見なかった?』と尋ねるが見てないと言われる。

ヨンソンを先に行かせて更にチノを探す。

どうしても見つからないケインはチノに電話をかける。

その呼び出し音が壁の向こうから聞こえる。

壁を挟んで話す二人。

ケイン「なぜつきまとうの?」

チノ「何のことだ?」

ケイン「知ってるのよ。居眠りした私に服をかけてくれたのもあなたよね?まだとぼける気?嘘つき。あなたの言うことは嘘ばっかりね」

チノ「そうさ。全部嘘だ。だから僕のことは忘れてくれ。君が家に帰る前に部屋の荷物を運ぶよ。これで、会うこともない」

サンゴジェの部屋で荷造りをするチノ。

ケインの作業場を覗き込む。

そして思い出す。

『君なら本気で切り刻みかねない』

『私はただ・・・』

『こっちに向けるな』

『私の作品は?』

『世界一。降ろして』

ケインの部屋に足を踏み入れる。

そして思い出す。

『パパの手は魔法の手、ケインのお腹はポンポコリン』

チノJrを手にする。

『こいつがチノ?スッキリした?』

門の前まで来て思い出す。

二人の楽しかった想い出を。

幸せだった時間を。

涙をじっとこらえて、門をくぐる。

館長の部屋。

館長「おめでとう。立派にやり遂げたね」

ケイン「挑戦する機会を頂き感謝しています。ここまで出来るとは思いませんでした」

館長「座って」

向かい合って座る。

館長「チョン所長は来なかったようだね」

ケイン「別れたのに来るはずありません」

館長「実は待ってたのでは?別れたいのなら止めない。でももし未練があるなら私が協力しよう。今彼は私の別荘にいる。休むように言ったんだ」

ケイン「なぜ私にそんな話をするんですか?」

館長「正直がっかりだな。私が彼を諦められたのは彼の選んだ相手が君だったからだ。君なら彼を心から愛し支えてくれるだろうと思った」

ケイン「今更どうすることも出来ません。彼は私を必要としていないんです」

館長「彼のことを信じてないんだね。そういうことなら私も仲を取り持つ気はない」

ため息をつくケイン。

翌日。

家でリンゴをかじるケイン。

彼女はいつもリンゴを縦ではなく横に切る。

それを見て笑う父。

父「こいつ。相変わらずだな」

ケイン「横に切るとおいしいの」

父「どれ、私も食べてみよう」

半分を父に渡す。

かじろうと手に持って、父はふと何かに気付く。

父「これは・・・」

ケイン「何?」

父「そうか。チョン・チノ・・・彼の設計のモチーフはこれだ」

ケイン「チノさんの作品のモチーフがサンゴジェじゃなくて、リンゴですって!?」

ケインは思い出す。

『おわび(サグァ)のリンゴ(サグァ)よ』

そういってあの日渡した木で作ったリンゴのモチーフを。

父「彼はお前と出会って新しいアイデアがひらめいたようだ」

ケイン「パパ、ちょっと出かけてくる」

父「どこへ?」

ケイン「遅くなるから先に寝てて」

ケインは急いで走り出す。

チノはその頃、館長の別荘で一緒に釣りをしたあの場所に立って遠くを見つめている。

激しい雨の中、傘も差さずに・・・。

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